10月に訪ねるも、三角点を踏んで山頂にある船上神社に行かずに下山した船上山。山頂を踏んでいないのが気になり、再訪問する事にしました。一カ月季節が進んだせいで山の木々が色付き、紅葉が見頃になっています。避難小屋のある広場から30分弱で船上山神社に着きました。地図で山頂の印が付いているのは、神社から奥の院に伸びる道の途中から右に分岐した先なのですが、今は道が消えています。笹薮を掻き分けて山頂印のある辺りまで入ったのですが、それらしい痕跡は見当たりませんでした。

東坂コース登山口7:36→薄ケ原8:04~13→船上神社8:28~36→船上山8:40~42→船上神社8:45~54→薄ケ原9:15→東坂登山口9:40
歴史に想いを馳せる山
鳥取を代表する山というと、伯耆大山を思い浮かべる人が多いだろう。その大山の山塊から北に矢筈ヶ岳、甲ヶ岳、勝田ヶ岳と続く山並みがあって、その北端にあるのが船上山だ。船上山は、切り立った溶岩の岸壁・柱状節理を特徴とする山だが、歴史好きにとっては、南北朝の時代に隠岐の島を脱出した後醍醐天皇が立て籠もった山として記憶されている山でもある。
かつての史跡が随所にみられる船上山は、その見事な柱状節理を見に一度訪ねてみたいと思っていた。この船上山を2025年の10月に訪ねたのだが、避難小屋の建つ薄ケ原の手前にある三角点(616m)を踏んで登った気になり、山頂部にある船上神社に行かずに下山してしまった。下山後に登山口に立っていた案内板の地図を見て、山頂に建つ船上神社まで登っていないことに気付いたが後の祭り。「また来なさい」という事なのだろう。これに悔いが残り、同年の11月に再度訪ねる事にしたのである。
黒いスコリアの登山道を登る
船上山ダムを回り込んだ所にある東坂コース登山口に着くと、一カ月季節が進んだせいで山の木々が色付き山肌はすっかり秋の装いになっていた。見事な柱状節理を見上げながら紅葉の木々の中を登っていくと、木々の間から真青な日本海が見える様になる。傾斜が緩み、先ずは三角点にタッチ。その後は避難小屋のある、前回は山頂と間違えた薄ケ原の広場へとむかう。広場には「船上山行宮之碑」と刻まれた大きな石碑が立っていて、前回来た時はこれを見て山頂と勘違いしてしまった。本当の山頂は、広場から約1km奥にある船上神社の裏にある。
ススキヶ原から船上山神社へ
石碑のある広場から、黄金色のススキと赤や黄色に色付いた木々の下を歩き進むと、鳥居の奥に船上神社が建っていた。神社は今から1200年ほど前に智積仙人が開山したと伝えられ、鎌倉時代には五十を超える寺坊を擁する山岳仏教のメッカであった。今ではその面影もない静かな山上だが、御醍醐天皇が行在所を置いた頃は大勢の人が山上を闊歩していたに違いない。神社の奥には奥宮があり、地形図ではその途中から北側にある山頂に向かって道が伸びている筈なのだが道が無い。笹薮に突入。笹を掻き分けて山頂印のある辺りまで入ったのだが、残念ながら山頂を示すものは見当たらなかった。
船上山神社と奥社に手を合わせてから下山する事にしたが、今回は山頂部に建つ船上山神社に御参り出来たことで、胸を張って「船上山に登った」と言える様になった。下山後に山の麓にある船上貯水池から船上山を見上げたが、柱状節理の岩壁が実に見事で、青い空に山が浮かび上がっている様に見えた。船上山は決して有名な山ではないが、その歴史に想いを馳せたとき、一度は訪ねたい山である。

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